ミスをしたあとの立ち直り方。自己嫌悪の沼から抜け出すまでに気づいたこと

仕事

入社1年目の秋、取引先への送付書類に誤った金額を記載してしまいました。

気づいたのは送付した翌日の朝。メールを見返していて、数字が違うことに自分で気づいた。頭が真っ白になって、胃がぐっと沈んだ。上司に報告して、取引先に謝罪の連絡を入れて、修正書類を再送して。一連の対応は2時間かからず終わりました。

でも本当の問題はそこからでした。

対応が終わっても、気持ちが全然終わらなかった。その日の夜も、翌日も、1週間後も、ふとした瞬間にあのミスが頭に戻ってきた。「なんであのとき確認しなかったんだろう」「相手はどう思っただろう」「上司の信頼を失ったかもしれない」。ぐるぐると同じことを繰り返し考えて、消耗し続けました。

「反省」と「自己嫌悪」は、全然違うものだと気づいた

しばらく経ってから、自分がやっていたことが「反省」ではなく「自己嫌悪」だったと気づきました。

反省は、何がまずかったかを理解して、次にどうするかを考えること。これは前を向いている。でも私がやっていたのは、同じミスを何度も頭の中で再生して、そのたびに「ひどいな自分」と感じること。これは何も前に進んでいない。ただ消耗するだけの作業を、延々と繰り返していました。

「ちゃんと反省しているから、まだ考え続けなければいけない」という感覚があったんだと思います。すぐに気持ちを切り替えたら、反省が足りないように感じてしまう。でも実際には、反省は数分あれば十分なことが多い。それ以上続けているのは反省ではなく、自分を罰し続けることになっている。

ミスをしたあと、私が実際にやったこと

何度かミスを経験するうちに、自分なりの立ち直り方のパターンができてきました。完璧ではないし、毎回うまくいくわけでもない。でも、何もなかったころよりはずっと早く、前に向けるようになりました。

① まず対応を完結させることだけ考える

ミスに気づいた直後は、感情を処理しようとしても無駄です。頭が対応モードに入っているときに「気持ちを整理しよう」としても、どちらも中途半端になる。まず謝罪・修正・再発防止策の提示、この3つを終わらせることだけに集中する。感情の処理はそのあとでいい、と決めてから少し楽になりました。

② 「何がまずかったか」を一度だけ言語化する

対応が終わったら、何が原因でミスが起きたかを一度だけ考えます。「確認のステップを飛ばした」「焦っていて見直しが甘かった」「そもそも手順が曖昧だった」。原因が特定できたら、次回からどうするかをひとつ決める。ここまでできたら、その件については考え終わりにする。

ポイントは「一度だけ」です。何度も振り返っても、新しい気づきはほとんど生まれない。二度目以降の振り返りは、改善のためではなく自分を傷つけるためになっていることが多い。

③ 「対応した自分」を認める

これが一番難しかった。ミスをした自分をひどいと思っているとき、「でも対応はちゃんとできた」と自分に言うのは、言い訳しているようで居心地が悪い。

でも考えてみると、ミスをして、気づいて、報告して、謝罪して、再発防止策を考えた。これは全部、ちゃんとやったことです。ミスそのものは失敗だったけれど、その後の行動は失敗じゃなかった。その2つを分けて見られるようになったとき、少し自分を責めるのが和らいだ気がします。

④ 物理的に場所を変える

頭の中で同じことを繰り返し考えているとき、考え方を変えようとしてもなかなか変わらない。そういうときは思考より先に体を動かす方が効果的でした。席を立ってお茶を入れに行く、外に出て5分歩く、それだけで頭のループが一度切れることがある。気持ちを切り替えようとするより、先に環境を変える。

⑤ 時間が解決することを信頼する

どんなに大きく感じたミスも、3ヶ月後には「そういえばそんなことあったな」になっていることがほとんどでした。その渦中にいるときは「この失敗は一生尾を引く」くらいの感覚になるけれど、時間が経つと実際にはそうじゃなかった、ということが積み重なってきた。

「今の苦しさは永遠ではない」と知っているだけで、今の苦しさの重さが少し変わります。

ミスを「する人」と「しない人」の違いを考えた

しばらく働いてみてわかったのは、仕事でミスをしない人はいない、ということです。経験豊富な先輩も、仕事が速くて有能に見える上司も、多かれ少なかれミスをしている。違うのは、ミスをするかしないかではなく、ミスをしたあとどう動くかだということに気づきました。

引きずらない人は、感情が薄いわけでも、反省が足りないわけでもない。ミスを「自分という人間の否定」ではなく「仕事上の出来事」として処理できているんだと思います。「私はダメだ」ではなく「このやり方はまずかった」。主語が自分の全体ではなく、行動の一部になっている。

これは性格の問題というより、習慣の問題だと今は思っています。意識しないと「私はダメだ」の方向に流れやすいけれど、意識すれば「このやり方はまずかった」に戻ってこられる。

それでも、引きずってしまう日のこと

正直に書くと、今でもミスをした夜は眠れないことがあります。うまくやれた日とそうでない日の落差が、感情に直接来る。「もう慣れた」とはなっていない。

でも以前と違うのは、「引きずっている自分をさらに責める」という二重の消耗がなくなったことです。引きずってもいい、ただし期限を決める。今夜は落ち込んでいい、でも明日の朝には一度閉じる。そのくらいの緩いルールが、今の自分には合っています。

ミスをしたあとにすぐ立ち直れる人が強い人だとは、もう思っていません。引きずりながらも次の日に仕事に来られる人も、十分に強いと思っています。

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