上司との距離感がわからない。褒められると嬉しいのに、飲みに誘われると怖い理由

仕事

上司に「最近仕事が安定してきたね」と言われた日の帰り道、じんわり嬉しかった。

でもその翌週、同じ上司から「今夜みんなで飲みに行かない?」と声をかけられたとき、一瞬固まった。嬉しいのかどうかよくわからない、でも断りにくい、笑顔で「ぜひ」と答えながら、心の中が少し波立っていた。

帰り道に考えました。なぜ褒められると嬉しいのに、飲みに誘われると怖いのか。同じ人から来るのに、どうしてこんなに受け取り方が違うのか。

「嬉しい」と「怖い」が同時に存在する不思議

上司のことが嫌いなわけじゃない。仕事の判断は的確だし、困ったときに助けてもらったこともある。人としては、たぶん好きな部類に入る。

でも「好き」と「一緒に飲みに行きたい」は、全然別の話だということに気づきました。

友人と飲みに行くとき、私は「どこに行こう」「何を話そう」をほとんど考えません。ただ行けばいい、という安心感がある。でも上司との飲み会には、無意識のうちにいくつものタスクが発生します。話題はどうするか、どのくらい本音を話していいか、愚痴を言ったら引かれないか、早く帰りたくなったとき言い出せるか。楽しみたい気持ちがある一方で、「うまくやらなければ」という緊張が最初からある。

褒められるのが嬉しいのは、そこに「うまくやらなければ」がないからだと思います。評価される側は受け取るだけでいい。でも飲み会はそうじゃない。対等に近い関係性の演技を求められる場で、でもやっぱり対等じゃない。その構造が、どこかぎこちなさを生む気がしています。

上司との関係に特有の「非対称性」について

上司と部下の関係には、本質的な非対称性があります。評価する側とされる側。指示を出す側と受ける側。これは飲み会の場に行っても、完全にはなくならない。

「プライベートでは対等に」と言われても、月曜になればまた評価が始まる。飲み会での会話が、知らないうちに評価に影響することがないとは言い切れない。だから、どこかで「これを言ったら明日の仕事に影響しないか」という計算が頭を離れない。

この非対称性を完全になくすことはできません。でも、それを意識するだけで少し楽になれる部分はある。「怖い」と感じるのは私が弱いのではなく、構造的に緊張が生まれやすい関係だからだ、と理解できるだけで、自分を責めなくて済む。

「距離感がわからない」の正体は、基準がないこと

親や友人との距離感は、長い時間をかけて自然に育っていきます。どこまで踏み込んでいいか、何を話しても大丈夫か、身体で覚えていく。

でも職場の上司との関係は、その時間が圧倒的に短い。入社してまだ数年、会う場所は基本的に職場だけ、話す内容は仕事中心。それだけの情報量で「この人との適切な距離感」を測るのは、当然難しい。

さらにやっかいなのは、「近すぎてもよくない」という感覚があることです。あまり打ち解けすぎると、仕事上の指摘を受けたときに傷つきやすくなる。評価に感情が入りやすくなる。どこかで「適度な距離を保った方がいい」という自衛本能が働いている気がします。

近づきたいけど近づきすぎたくない。この矛盾した気持ちが「距離感がわからない」という感覚の正体かもしれません。

飲み会に行ってみて、気づいたこと

結局、その飲み会には行きました。

行ってみると、上司は思いのほか「普通の人」でした。仕事の失敗談を笑いながら話していたし、自分の上司への愚痴も少し出てきた。職場では見せない側面が少しだけ見えた。

でも、だからといって「飲み会は全然怖くない」とはならなかった。帰り際に「また来週ね」と言われたとき、「よかった、無事に終わった」とほっとしている自分がいた。楽しかったのか、疲れたのか、よくわからない混合感情。

一つ思ったのは、飲み会の場で「うまくやろう」と思うのをやめた方が、たぶん楽だということです。うまくやろうとするほど、不自然になる。適当に、それなりに、が一番自然に見える。わかってはいるけれど、これが難しい。

褒められたときの「嬉しさ」も、少し複雑だと気づいた

冒頭で「褒められると嬉しい」と書いたけれど、正確には少し違う気がしてきました。

上司に褒められたとき感じるのは、純粋な嬉しさの中に、少しの安堵と、少しの不安が混じっています。今日は評価が良かった、でも明日はどうだろう。褒められた分だけ、次に期待値が上がるのかもしれない。「嬉しい」の裏側に、そういうものが薄く張り付いている。

友人に「その服似合ってるよ」と言われる嬉しさとは、やっぱり質が違う。友人の言葉には私の未来への評価が関係していないけれど、上司の言葉にはある。それを知っているから、嬉しさが純粋でいられない部分がある。

それでも、上司との関係をどう育てるか

完璧な答えは出ていないけれど、今の私なりに整理できていることがあります。

一つは、「仕事の上司」と「一人の人間」を分けて見るようにしたことです。評価する存在としての上司と、飲み会で自分の失敗談を話す人間としての上司は、同じ人の別の側面です。どちらかだけで判断しない、どちらかだけで距離を決めない。

もう一つは、距離感は「決めるもの」ではなく「育つもの」だと思うようにしたことです。友人との距離感が時間をかけてできたように、上司との距離感も少しずつ変わっていく。今わからなくても、一緒に仕事をする時間が積み重なれば、自然と測れるようになってくる部分がある。

焦らなくていい。答えを出さなくていい。褒められて嬉しくて、誘われたら少し緊張する、そのままで今は十分だと思っています。

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